Philip Brophy
今年度の パース国際映画祭 スクリーン・コンフェレンスで講演するPhilip Brophy氏にインタビューをさせていただきました。
Philipさん、お忙しいところありがとうございます。まずは、まったく知識のない人々に向けて漫画やアニメの説明をしていただけますか?
漫画はコミックとは全く違うもの。漫画には感情的、心理的、視覚的、動的な広範囲の要素があり、形式的に複雑なアート・フォーム及び話術媒体。また、日本美術が何百年にもわたって書き言葉と絵を組み合わせてきたことから生まれたもの。漫画は欧米系のコミックの日本版にすぎないと想定するのは不合理で鈍い連想だ。
同じくアニメは漫画から引き継がれたもの。実は、構成、ペース、色調、スタイルなど、漫画からきた。静止で書面形式である漫画が動きの感覚を詩的に伝える一方、動画であるアニメが静寂を痛感させることこそ、漫画とアニメのユニークな関係を示している。それに比べ西洋のコミックは、デザインや絵が目立ちすぎるし、洋画は(特にCGI映画)一切静止しない動きにばかり凝りすぎている。
漫画の歴史や日本文化との関係について、もっと伺わせてください。
漫画は昔から伝わってきた文字と絵の組み合わせという伝統から生まれた。17世紀の屏風や19世紀の浮世絵からもこのことが伺える。こういう伝統は絵画が絵だけ、文学は言葉だけから生まれてきたという欧州の伝統と対照する。絵と文字の組み合わせは日本の美術には欠かせない。また、漫画で使われる文字や擬音語などは詩的、隠喩的で、「少ないほうがいい」という俳句などの日本詩に似ている。
「漫画の父」などと呼ばれるようになるほどの手塚さんはどのような画期的なことをしました?
手塚さんは自分の話に国際的なスタイル源などを織り込んだ上、映画など動的メディアが漫画の形式に入れ込めるような手法を推進した。このような感想については、私がヴィクトリア州国立美術館の「手塚:漫画の魅了」という作文に書いた。

全作品から伺われるテーマはありますか?
手塚さんが選んだスタイルやジャンルが一つの話の中で激しくかわっても、テーマがあまりかわらないのはアーティストとしての手塚さんの証だ。結局手塚さんの作品が反映しているのは日本の戦後意識。戦争を生き残り、米占領中漫画家になることを決め、漫画を通じて人々を楽しませることに力を入れることなど、手塚さんの人生は自らの価値観を表す。
特に外国の読者にとっては、手塚さんの作品はつまらないストーリー構成や展開ではなく、爽やかなものとなっている。彼の話は登場人物が予想できない進化や展開をするような物語だ。道徳などを無理やりに使って話の流れの活力をしらけさせることはなく、可能なかぎりまで人物や出来事が自然に変化する。手塚さんの最も大切なテーマは「生存」という、時には厳しく多くは惨劇的なことで、もしかして戦争を生き残ったという自らの人生が反映されているのかもしれない。
日本伝統や戦後文化が手塚さんの作品に影響を及ぼしたとおっしゃいましたが、逆にアニメや漫画はどのように現代の日本文化を左右すると思われますか?また、現代アニメは今日の日本を背景に新しい方向に進んでいるのですか?
現代日本文化がどのように漫画から影響を受けているのかは、あまり分からない。それに、私は逆の関係だと思う。だからこそ、戦後を中心に日本文化のあり方を表現するあまりにも意味深いものだ。日本文化がどのようにアニメの中に深く織り込まれているかについては、私は「100アニメ」という本で書いた。他に書いたのは、漫画の絵的感性がどのようにアニメのユニークな動性に貢献するか。現代アニメと現代日本の関係については、いくつかの「エヴァンゲリオン」以降のアニメが今日の日本の若者の感情的な心理を表現していると私は思う。例えば、「TEXHNOLYZE」「GANTZ」「妄想代理人」「ブギーポップは笑わない」「コゼットの肖像」などがある。
Philip Brophy氏が監督のカルト映画「Body Melt」は今年度の 映画祭 の一環として上映される。本人よりの紹介を含め、Luna Leedervilleで7月13日(金)の午後10:45から上映。